2024年5月1日-2日 磐梯吾妻スカイライン 猪苗代湖 その2 / 古関裕而記念館 早稲田大学 第一応援歌 紺碧の空

東北(青森県 秋田県 岩手県 山形県 宮城県 福島県)

皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。

本記事は


の続きです。

御倉邸

せっかく福島市に滞在するのですから、観光をすることに致します。
御倉邸(旧日本銀行福島支店長役宅)です。
広いお家です。



眼の前に阿武隈川が流れています。

古関裕而記念館

続きまして、古関裕而(こせきゆうじ)さんの博物館に行くことに致しました。

古関裕而さんは、様々な歌謡曲、映画音楽、校歌、応援歌などを手掛けた方で、とんでもない作品の数がおありです。
関東の学校だけでも、これだけの作曲をしておいでです。

画像引用 古関裕而記念館

館内は撮影禁止であったため、画像、動画がありません。
入館してすぐに、どちらからいっしゃいましたかと館内の方に尋ねられました。
東京です、と手短に答えました。

早稲田大学第一応援歌 紺碧の空

2階にあがりますと、小さな動画再生の一室がありました。
私が入室した瞬間に、早稲田大学第一応援歌 紺碧の空の動画が再生されまして、あまりの衝撃に号泣しました。
福島県まで来て(大変に失礼)、いきなり紺碧の空が流れ、しかも早慶野球戦を模したようなレトロなアニメーションが流れまして、大学生だったころの出来事が昨日のことのように思い起こされまして、泣きました。

(ラッコ店長は早稲田大学に対して、なみなみならぬ情愛がありまして、高校生のころから早稲田大学校歌、応援歌を歌いながら受験勉強をしていたのでありました。私の受験勉強は、まず校歌を覚えて日々歌うこと、でありました。このような受験生は奇妙奇天烈で、おそろしく少数派でしょう。)
幸いに、館内にはどなたもおらず、はばかり無く涙しておりました。

素晴らしいの一言であります。
画像で引用しましたように、古関裕而さんは、慶応大学、明治大学、中央大学、日本大学の応援歌も作曲しておられます。
このような物言いをすることをお許し頂きたいのでありますが、2024年の現在においては、早稲田大学第一応援歌 紺碧の空が一番著名でしょう。

帰りにお土産コーナーで、紺碧の空の絵葉書を頂きました。
東京からやって来たという証言、数あるお土産の中で、この一点のみ購入する、となれば、何者か明らかだったのでしょう。
早稲田大学のご出身の方ですか?と受付の方に尋ねられまして、そうですと答えました。


私にとって早稲田というのは、かけがえのない存在なのです。

本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長こと、奈須野でした。

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