皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
ロードバイクで訪れた場所を、ピンポイントで紹介するシリーズです。
可愛岳
変わった漢字ですが、えのだけ、と読みます。
西南戦争、最終局面 解軍令
1877年8月西南戦争は最終局面を迎えます。
8月15日、和田越の決戦に敗れた西郷軍は、さらに北上し、可愛岳南東の麓、俵野に本営を置きました。
しかし、すでに西郷軍は政府軍によって十重二十重に包囲され、もはや蟻の這い出る隙間も無い状態でした。
そして、8月16日、西郷隆盛さんは全軍に軍隊を解散する、戦争をここまでとする、という解軍の指令を発します。
しかし、解軍令にもかかわらず、最期まで西郷さんに付き従いたい、という精鋭が1000名ほど残り、政府軍の包囲を突破して、鹿児島に帰還しよう、ということになりました。
可愛岳突破作戦
政府軍の包囲網の中で、唯一、この可愛岳周辺だけが手薄だったのです。
実際にお登りいただければ分かりますが、こんな山岳を軍隊が通るなぞ、あり得ない進路でありまして(近代の軍隊が戦うには大砲、弾薬など、大量、かつ重い物資が必要です。そのため、輸送車、馬車等が通行できない山岳コースは通ることができないのです。いえ、正確に言えば、通っても良いですががまともな戦闘力を発揮、維持できません)、政府軍も包囲をそこまで厳重にしておりませんでした。
西郷軍はここをつき、可愛岳を突破して、政府軍の監視網を見事にくぐり抜け、あるいは撃破して、9月1日、見事、鹿児島に生還なさいました。
私も可愛岳突破をしなければと思いまして、向かいました。
可愛岳の山頂には徒歩で登ることができます。
桐野隊長らが向かったとされる、宿営地から直接、可愛岳山頂を目指すルートはあまりにも草木が深く、どこが登山道なのか皆目検討がつきません。
遭難しかねないほどの難易度に思われましたから、一度烏帽子岳というところを迂回して、尾根沿いに可愛岳を目指すことにしました。
幸いなことに、迂回ルートの場合、目印になるポイントがたくさんありまして、遭難せずに済みました。
登山開始直後の午前7時41分、陰平、という場所を通り過ぎました。
午前7時50分、続いて、可愛 陰平という看板を通過しました。
午前8時3分、あずきはな、という箇所を通過しました。
午前8時15分
二本杉という案内を通過しました。
午前8時18分、一本杉道 開通記念植樹桜、という記念碑を発見しました。
午前8時19分
二本杉、という案内を発見しました。
この2つに割れている木が、二本杉、ということでしょうか。
午前8時23分
さらに道を進みます。
これで合ってるの?という不安はありますが、一応、人が通った道が存在しています。
登山開始から約50分後、午前8時31分
可愛岳参道、という矢印がありました。
合ってはいるようです。
午前8時32分
環状列石、という看板がありました。
この斜めに崩れかかっているのが、環状列石、ということでしょうか。
午前8時37分、立石という案内がありました。
おそらくは、これが立石、ということなのだと思います。
午前8時39分
烏帽子岳の頂上に到着しました。
これから先は尾根沿いを進むため、多少は楽だと思います。
午前9時9分
ノゾキ 烏帽子岳という看板がありました。
午前9時15分
ノゾキ展望所、という場所につきました。
しかし、あまり展望が良いとは思えませんでした。
今までの密林状態に比べれば開けている、ということでしょうか。
登山開始から約90分後、午前9時15分
神の森という場所に到着しました。
午前9時16分
拝門、という看板がありました。
この山は、修験道かなにか、信仰の対象であった、ということでしょうか。
ここまで山深いと、さもありなん、という気がします。
奇岩も多いですし、このあたりでえいやっと飛び降りたり、様々なサバイバル修行がなされていたのかと
夢想します。
午前9時17分
ノゾキ、という看板を発見しました。
やはり修験道の修行場だったようです。
逆さまではなく、普通に見渡した場合の画像です。
景色は良いです。
登山開始から約110分後、午前9時31分
鉾岩、という場所に到着しました。
この岩がきっと鉾岩です。
登山開始から、約130分後、午前9時47分
可愛岳頂上に到着です!!
西郷先生も、きっとここから薩摩の方角を見ていたに違いなと夢想しますと、目頭が熱くなります。
見渡す限り山、山、山で、こんな場所、軍隊が展開出来るわけがない、と納得であります。
前述しましたように、西郷軍はここから山岳ゲリラのように、政府軍の弱点、手薄な箇所を狙って薩摩まで帰国することになるのでした。
あまりにも山深いため、本当に遭難しかねません。
無理をせず、帰りも同じルートで戻ることに致しました。
皆様も可愛岳に登って、政府軍の包囲網を突破してください。
上りは2時間から3時間はかかると思います。
当然ながら、お手洗いや給水ポイントはありません。
十分に準備をした後に、政府軍包囲網突破作戦を発動してください。
今日からあなたも西郷軍の一員です。
東京から可愛岳への行き方
1 東京から標識を頼りに自走する。
山口県と福岡県の間、関門海峡は自転車で通行可能ですから、すべて自走で到達可能です。
2 鹿児島空港から、鹿児島市内 私学校跡、熊本城、田原坂、人吉、小林、都城、延岡とまわって可愛岳を突破する。
西郷軍のルートを再現するものです。
歴史マニアであれば、感涙もののコースで、是非お試しください。
熊本城の戦い、田原坂の戦い、延岡の和田越の戦いが熱いです。
3 宮崎空港へ行き、100kmほど北上して可愛岳を突破する。
これが一番楽です。
宮崎空港へは、ソラシドエアを使うのがお安く済むでしょう。
ソラシドスペシャルというセールをうまく使えば、¥10,000以下で宮崎空港へ到達可能です。
セール情報をうまく掴んでください。

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宮崎県延岡は、かの有名なチキン南蛮、発祥の地です。
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私も楽天トラベルをよく利用しています。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長こと、奈須野でした。
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