皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
大内宿 出発
2025年7月27日
大内宿を過ぎて、渓谷を北に、会津方面へ向かって進んでいきます。
上り坂があったり、結構、厳しい道のりです。


大川ダム
渓谷というのは、水流を調整したり、発電に使ったりと、ダムが多いものです。
大川ダムに到着しました。
付近は広い公園となっているためお休み致します。
何度かここを訪れたことがありますが、だーーーーーーーーれもいらっしゃらないにもかかわらず、手入れのされた広い公園であるため、好んでここに立ち寄ります。
(極めて山奥で、当然ながら至る場所に熊出没注意の看板があります。
ご利用の際はご注意ください。)


さらに国道ではない、側道を北に進みます。


芦ノ牧温泉
芦ノ牧温泉に到着しました。
ここは、戦国大名 蘆名(あしな)氏が本拠としていたところです。
地名にもその名残が見受けられます。
今回は残念ながら、芦ノ牧温泉は素通りさせていただきます。



会津 平野部
会津の平野部まで降りてきました。
まわり中、田んぼだらけです。
美しい景色が広がります。



すでに時刻は16時ちかく。
しかし!!
会津西街道の側道を進んできたため、食堂や商店がまったくない道すじでした。
昼食を頂くことができず、田んぼの脇でエネルギー補給します。


会津若松城
会津若松城(鶴ヶ城)に行きます。



猛烈に急いだため、熱いのです。

会津若松城の中は、充実した展示がありました。
なんと言いますか、近代日本、明治維新の戦いが一日ごとに、とんでもなく克明に披歴されていました。
そして、このようなことを申し上げるのをお許し頂きたいのでありますが、極めて会津側の視点、主張で一色でした。
近代日本の歴史を知るものは、明治政府の受け売り、明治政府が残した記録をお勉強することがほとんどと思われまして、どうしてもその歴史観は明治政府寄りとなります。
しかし、この会津若松城は、明確に、会津の人々の体験、考え方を展開しておられました。




会津藩抵抗の理由 戊辰戦争
実を申せば、私も幼少のころは、なにゆえ会津がそこまで頑強に明治政府に抵抗したのか、まったく理解できませんでした。
そして、会津の人々は、時代の流れを読むことのできない、愚か者(凄まじく失礼)である、と勝手に一刀両断していたのであります。
しかし、長じて少しは歴史的背景を習得いたしますと、会津の人々が明治政府に反抗したのも当然、自然のことであったと理解するようになりました。
そもそも会津藩の成り立ちが、他藩と比べて極めて異質です。
初代藩主、保科正之さんは、徳川秀忠さんの隠し子として、秀忠さん存命中は、保科正之さんの存在自体が極秘事項としてされてきました。
(隠し子であることを隠しとおすため、徳川性を名乗らせず、武田家旧臣の保科家に養子とさせます)
保科正之さん自身、ご自分が将軍の子供とは知らず、成人したのでありますが、家光さんの代になって、もう隠す必要はないでしょうと公のことにされました。
家光さんの異母弟ということで可愛がられ、さらに保科正之さんは、政治的手腕に優れていたようで、家光さんに重用されるようになりました。
所領も現在の長野県高遠にある3万石から、一挙に20万石(山形藩時代)、最終的には23万石(会津藩時代)にまで加増されます。
思いがけない厚遇に保科正之さん、さらには以後の会津藩主、会津藩の人々は、徳川家への忠誠を絶対のものとしたのであります。
さらに、明治維新は薩摩、長州 土佐、肥前など、江戸幕府から冷や飯を食べさせられていた(大変失礼)、西国大名が中心に起こしたクーデターです。
東北にある会津藩の人々が、薩長土肥の人々と考え方が異なるのは当然であります。
そして、前述しましたように、200年以上、江戸幕府に忠義を尽くして生きてきて、それが正しい、良いことなのだという規範のものに生活していた人々が、急に手のひらを返したかのように、江戸幕府に反旗を翻すことができましょうか。
会津の人々の行動は、当時の会津地方の価値規範に照らして、実に合理的なものであったと考えます。
明治政府軍によって、一方的に破壊、蹂躙された会津こそ、被害者、大迷惑なことでありまして、なにも武力制圧しなくても。。。と今では考えるようになったのであります。


天守閣で在りし日の会津藩を思います。
百数十年まえに、ここで壮絶な戦いがあったかと思うと、隔世の感があります。
人間というのは、あまりにも価値観、行動規範が違うと、和解交渉すらできずに武力解決しかできないものなのか。。。と震えてしまうのです。


見事な石垣です。
会津を周遊していると強く思いますが、会津地方と、福島市のある地域は、地勢的にも、歴史的にも、文化的にも、まったくの別物、です。
会津は魅力的な文物が多く、田んぼの中を走っていれば比較的安全、平野も多いと、ロードバイク走行にとても向いている地域です。


イベント延長
さて、もう17時30分を過ぎてしまいました。
今回のイベントは、一泊二日、つまり本日が最終日の予定です。
これから東京方面に戻るか。。。となりまして、皆様とご相談をしましたところ、なんと!!
まだまだ会津を見たりないということで、イベントを延長、二泊三日とすることに致しました。
I様が喜多方ラーメンを食べてみたいとのご要望がありましたから、今日は喜多方周辺まで進んでそこでお泊りし、さらに会津地方を堪能することに致しました。
お宿は急遽、喜多方に確保することに致します。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。
その9

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