皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
脇道
2025年10月9日
豊臣秀長さんの養子、豊臣秀保(とよとみ ひでやす)さん終焉の地を後にして、先に進みます。
意図的に脇道を通ってみます。
荒れ放題の道であります。
しかし、クルマは全く通らず、ロードバイクが走行するには快適です。



十津川村は渓谷の美しい場所でありますが、どうやら全面一律にキャンプを禁じておられるようです。
昨今のキャンプ、バーベキューブームで、野放図にキャンプを容認すると、とんでもないことになるからでしょう。
残念ではありますが、今日は正規のキャンプ場に行くことにします。

国道168号線
ひたすら熊野川(十津川)に沿っている国道168号線を進みます。
果てしなく繰り返されるトンネルです。







ときには崩落したままの道路があります。

沈下橋
おそらく、前方に見えるのは沈下橋です。
手すり、欄干を設置しておらず、川が増水したときには、橋がそのまま川に沈むようにしてあります。
奔流、濁流の勢いをなるべく軽減して、強固な橋でなくても耐えられるようにした工夫です。
沈下橋は、川幅があり、しかも急流である場所にかけられることが多いです。
日本全国で見れば、四国 四万十川川(しまんとがわ)の沈下橋が著名でしょう。

そして、急流な河川のある地域では、山が削れて常に、土砂が供給されます。
ゆえに採石場もしばしば見かける光景です。

谷瀬の吊り橋
到着しました!!
谷瀬の吊り橋です。
この橋を渡って、川に降りると本日の野営地、つり橋の里キャンプ場さんがあります。

村民の方以外は、自転車を降りて走行する必要があります。
(村民の方が自転車ですいすい走っている光景を何度か拝見しました)



凄まじくスリリング、恐ろしいです。
(後述しますが、もちろんロードバイクを降りて、押しながら進んでいます)
ギシギシと床板がきしみます。
風で橋が揺れます。
これは全国規模で見ても、かなり恐怖な道でしょう。
さらに上を行くのは、祖谷(いや)のかずら橋くらいでしょうか。

お分かり頂けるでしょうか。
真下が丸見えです。

谷瀬の吊り橋 注意点
渡り切ると、丁寧な看板がありました。

(4)観光客が二輪車で橋を渡ることは禁止します
という条項がありました。
まず、「二輪車」とは、現代の日本語では、自動二輪車、モーターサイクルのことを指すのが通例です。
確かに、自転車は車輪が二つ付いておりますが、自転車のことを二輪車とは、通常言いません。
ゆえに、本条項の二輪車には、自転車を含まないと解するのが自然でしょう。
仮に、本条項の「二輪車」に自転車が含まれるとしても、自転車から降りて押し歩きしている場合、道路交通法上、歩行者と同様に扱われます。
したがって、自転車を降りて、この吊橋を渡るぶんには、何らの問題はない、と理解しました。
ただし、谷瀬の吊り橋は狭いため、単に歩行するよりも、自転車があるほうが、より狭くなって恐ろしいですし、橋を渡っている最中に各種アイテム類が落下して紛失、損壊した場合のリスクは覚悟すべきです。
さらに、観光客さんが押し寄せる休日の日中などは橋が混雑することが予想されるため、たとえ押し歩きであったとしても、自転車を通行させるのは、やや迷惑行為と言えましょう。
(私は両端に通行者がいないことを確認して、押し歩きながらロードバイクを通行させています。)
黒木御所
谷瀬の吊橋を渡ると、今回のツーリング目標である、南北朝時代の遺構に到着しました。
1331年 後醍醐天皇は奈良減 笠置山で倒幕のため挙兵しますが、幕府軍に破れ、後醍醐天皇は隠岐の島に流れされます。
後醍醐天皇が不在の間、畿内で倒幕の指揮をとっていたのが後醍醐天皇の息子さん、大塔宮(おうとうのみや あるいは だいとうのみや) 護良親王(もりよししんのう)さんです。
1332年、鎌倉幕府と戦うべく、この十津川で兵を興しました。
黒木御所と命名されているのは、材木を綺麗に製材せず、木肌が残ったまま御所を作ったから、と言われています。
(つまり、簡素な御所であったことが推察されます)
敷地の広さも、これが御所!?というくらい狭い(凄まじく失礼)上に、断崖の裏手、影に隠るような場所にありまして、ここは幕府軍に見つからないように潜伏したアジトのようなものだ、と思われました。
この場所に700年近く前、護良親王がいらしていたのだと思うと、歴史の数奇さに震えます。

キャンプ場受付
キャンプ場に到着しました。
どこから来たの、と問われ、一瞬迷いましたが、東京と応えました。
ツーリング中にどこから来たのと問われた場合、どう応えるのか、というのは自分の中で回答が確立しています。

東京と応えるほうが地方(大変失礼)では一番盛り上がりますし、2025年まで数十年間、東京に住んでいたのだから、さほど嘘ともいえまい、と正当化しています。
そして、東京と応えたあとに、受付票を渡されまして、住所に、とちぎけん にっこうし・・・と書き始めて、ぐはっ このキャンプ場は住所、氏名まで書かされるのかと、少し赤面しました。


キャンプ場には、立派な炊事場もありました。
平日ということもあり、ひろびろとテントを張ることができました。
なんと、テントを張って写真撮影をしておりますと、少し遠くのテントの男性が、橋と一緒にワンショットお撮りしましょうか!?とお声がけくださいました。
しかし、キャンプ場で見知らぬ方(大変失礼)に声を掛けられるということが、初めてでありまして、ドギマギしてしまい、反射的にお断りしてしまいました。
今思えば、お断りしないのが、優れた処世術というものなのでしょう。



ご覧の通り、このキャンプ場は吊橋の真下にある、というのが特徴です。
吊橋は、観光客さんに大人気で、良くも悪くも人が多いです。
夜中にきゃーきゃー言いながら渡る人がいたり、仕方ないと思われますが、静謐なキャンプ場をお望みであれば、このキャンプ場は避けたほうが良いです。

コインシャワー
2日ぶりに体を洗いました。
キャンプ場にコインシャワーがありました。
¥200で温水がでます。


夕食
すこしくたびれました。
まだ17時30分ですが、軽くお食事を頂いて、お休みします。
近隣にはスーパーはありませんが、ヤマザキYショップ上野地石油店さんで入手した食材を頂き、夕食と致します。
ではお休みなさい。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。
その10

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