2026年7月29日
皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
本日のコース
走行距離 72kmくらい
上り下りした高度 1,320mくらい


初コーヒー
朝になりました。
風が吹いて随分と涼しいです。
今回のツーリングで初めてお湯を沸かしました。
(暑いとお湯を沸かすのすらしんどいのです)
コーヒーを頂きます。

出発します。
後鳥羽上皇に会う
1221年、後鳥羽上皇が承久の乱の失敗し、鎌倉幕府から流罪にされた行所跡に来ました。




キャンプ場のすぐそばです。
現在寝泊まりしているキャンプ場には三泊する予定で、数日ではありますが、後鳥羽上皇のそばで寝泊まりしていると思うと不思議とわくわくしてきます。
さて、後鳥羽上皇は全く不本意でこちらにお住いであったと思われます。
過度に要塞、隔離された地形、というわけでは無さそうです。
最低限の管理はなされているようです。
既にご存知の方もおられると思いますが、明治期から南朝の天皇が正統とされ、ここにも明治期以降の皇族方の来訪が見受けられます。
フェリーで移動
フェリーで隣の島、西ノ島に移動します。
隠岐諸島では、西ノ島、中ノ島、知夫里島三島を「島前 どうぜん」と呼称しているのですが、島前間の連絡線は20分おきくらいに就航されており、しかも運賃が¥300!!
激安です。
ロードバイクは¥100で完成車状態のまま運搬可能です。



後醍醐帝 黒木御所
7分で隣の島、西ノ島に到着しました。
ここが、憧れていた!?、後醍醐天皇の流刑地!!
少し移動して、宿願の後醍醐天皇、黒木御所に到着しました。
これまたご存知の方がいらっしゃると思いますが、「黒木御所」とは通称です。
通常、貴人の住まいというのは製材された白木を使うもので、「黒木」とは、木肌がそのままである、粗末な御所の比喩表現です。
あるいは、場合によっては本当に木肌を残したまま建築した例もあるでしょう。
ここにも明治期以降の、皇族の方々の来訪が見受けられます。





黒木御所はなんといますか、要塞です。
独立した小高い丘の上にあって、しかも黒木御所が最上部になるように、ぐるりと回り込んで進むようになっている。
警護上の理由か、逃亡の防止か、随分と変わった立地だなあと思われました。
(御所は政庁であり、普通は往来のしやすい平地に造るものです)
早朝で、黒木御所の資料館が開館していなかったため、お隣の西ノ島ふるさと館を拝見します。
非常にためになりました。
昨日、謎に思っていた、急斜面の牧場がの理由が説明されていました。
すなわち、隠岐諸島はもともと火山島で、耕地面積が少ない上に、地力に乏しく、連作に耐えられないため、急斜面ですら耕地、放牧、休閑地などを繰り返していたとのことでした。
なるほど、これは勉強になった。





黒木御所の資料館では後醍醐帝帝脱出の詳細な解説を聞くことができて、極めてためになりました。




後醍醐帝の寵妃、三位局の館跡を拝見しました。
書物や大河ドラマなどで登場した人物の実像に触れているようで、実に興味深いです。



国賀海岸
国賀海岸を拝観しました。
一枚絵の景色(観客が視点を変えて観察できない)としては、確かに壮観です。
(遊覧船もあるようですね)



次回、隠岐島攻略がいつできるか不明であるため、悔いを残したく無く、可能な限り周回しました。
ややくたびれました。








フェリーに乗って、キャンプ地の中ノ島に戻ります。






本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。
次のお話

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