2024年3月26日-3月29日 名古屋 鈴鹿 伊賀 藤原京 醍醐の花見 その6 / 伊賀上野城 藤堂高虎さん

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皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。

本記事は


の続きです。

伊賀へ

伊賀に向けて、ずんずん進んでいきます。
古来から街道が発達していたからでしょう、極端な難所はありませんでした。
徳川家康の伊賀越えが命がけだった、という逸話から、伊賀=とんでもない難所という思い込みが強かったようです。

さすが伊賀!!
早くも忍びの者が現れました。

伊賀上野城

伊賀上野城です。

伊賀は江戸時代、藤堂高虎(とうどうたかとら)さんを藩祖とする津藩の一部となりました。
藤堂高虎さんは、新しい築城術の開発、現場指揮などに優れた手腕を発揮した方で、見事なお城が今でも残っています。

素晴らしいです。
とんでもなく高い石垣が崩壊もせずに、現存しているのです。
驚異と呼ばずして、なんと言えばよいのでしょう。
大絶賛致します。

とんでもないお宝の山

天守閣内にある博物館のものけぞりました。
手作り感のある、親しみが湧く博物館だなあ。。。と思いながら拝見しておりますと、なんということでしょう!!
藤堂高虎さんが使用していた、本物の文物がサラッと展示してあります。
藤堂高虎さん使用の脇差しです。

藤堂高虎さん着用の、本物の兜。
秀吉さんからプレゼントされたものです。
これほどのお宝を何気なく展示してある伊賀上野城、のけぞります。

ここまで来ると、本当!?と思ってしまいました。
藤堂高虎さん使用の御膳セット。

藤堂高虎さんが大阪の陣で使用したお鍋、ご飯入れ。
ここまで伝来が明らかで、しかも綺麗に現存するものなのか。。。と思いました。
しかし、前述しましたように、藤堂家はその築城技術の高さから、江戸幕府から重用された名門です。
幕末まで改易もなく藤堂家の支配が続いていた、となれば、歴史的文物が散逸せず、これほど見事に残っていた。。。のも不可能ではないのかもしれません。

天守からの眺めも良いです。

城内は緑に溢れて、美しい城です。

今治城

素晴らしい。
石垣の城を見るのであれば、藤堂高虎さんが設計したお城が特に素晴らしいです。
同じく、藤堂高虎さんが設計した、愛媛県今治(いまばり)城です。
美しく、機能的で、かつ強固な石垣です。
(画像は2022年に撮影したものです)

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本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長こと、奈須野でした。

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