皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
湯西川温泉駅
野岩鉄道 湯西川温泉駅は、道の駅と合体しています。
道の駅 湯西川温泉には、以前イベントで訪れたダックツアーの広告がありました。

ダックツアーさんは、水陸両用のバスで湖を周遊する、という個性的なツアーを催行しておられます。
改めてバスの下を見てみますと、よくこれで水上航行できるものだと感心させられます。

さて、湯西川温泉駅を出発します。
西に向かって進みます。

ダム湖を走るときの注意点
人工的に作られたダムというのは、渓谷にあることが多いものです。
つまり、周囲はギザギザの谷だらけです。
ダム湖の周りに道を作る場合、このギザギザをどうするかでありますが、1つは果てしないヒルクライム、ダウンヒルを繰り返して山々を進む、という方法があるでしょう。
次に、ある程度、人の往来があるダム湖の場合、山の尾根をトンネルで貫通させて、突破するという方法があります。
ツーリングでダム湖を走る場合には、目標とするダム湖がどちらにあたるのか、事前に予想、調べておいた方が良いです。
ダウンヒル、ヒルクライムが多い場合には、獲得標高がとんでもないことになるでしょうし、トンネルが多い場合には、交通量に気をつけるべきです。
湯西川ダムは、後者、つまり凄まじい数のトンネルがある、というタイプでした。



私は交通量が少なくなるように、連休明けの平日、しかも早朝に通ったため、ほとんど交通量はありませんでした。
しかし、紅葉の時期や特定のお祭りの時期には、この道は混雑するものと思われます。
トンネルの多いコースを通るときは、交通量の変動に気を配るのが安全でしょう。
混雑する時期、曜日、特定の日は避ける配慮が重要です。


気になる家紋 アゲハチョウ
湯西川の谷をずんずん進みますと、気になる広告が増えてきました。
これは。。。
アゲハチョウの家紋です。
平家さんの家紋として著名なものです。

水の郷 湯西川という場所に到着しました。
案内板を見ますと、平家落人伝説がある、とのことです。
全国各地を巡っておりますと、恐ろしいほどの数、平家の落人伝説があります。
この湯西川にも、平家落人伝説がある、ということなのでしょう。
湯西川の渓谷も、現代のように、クルマと舗装された道があればあっという間に到達可能です。
しかし、1000年近く前の日本で、舗装路もなく、徒歩であれば到達がほとんど不可能という深い渓谷には、たいてい平家の落人伝説があるものです。

足湯があったので頂きました。

平家の里、という施設、場所があるそうです。
興味が湧いてきました。

湯西川温泉郷
湯西川温泉郷にたどり着きました。
桓武平氏の末裔(と名乗っておられる方(大変失礼))が創業したお宿です。



平家集落
平家集落!?
見過ごすことはできないと、拝見します。

古いお家は多かったですが、どのあたりが平家の集落なのか、判然としませんでした。
特に案内板も無く、このあたり一帯に、平家落人の集落があった、という伝説なのでしょう。


超絶ド田舎(大変失礼)であるため、水が綺麗です。


平家の里
平家の里に到着しました。
結論から申し上げると、古民家を復元、再現したものでありますが、その雰囲気、出来栄えが素晴らしいです。
なんとも和む風景で、小川と苔が美しく、30年ほど前に人工的に作られたアトラクションながら、構想、設計、施工した人の美意識の高さが伺えます。
歴史的価値については置いておくとして、純粋に日本的な風景を表現したものとして、絶賛致します。



第五代 栗山村の村長さんが旗振り役となり、この平家の里ができた、とのことです。
園内には、なんと!!
赤間神宮があります。
下関にある、壇ノ浦の戦いで海中に没したと言われる、安徳天皇を祀った神社で、村長さんの強い願いによって分詞されたそうです。
これは素晴らしい運動、業績でありますね。


園内の資料館には、全国各地の平家落人伝説の地が解説されてありました。
ご覧のように、無数の伝説があるのです。
先日訪れた、徳島県の祖谷(いや)も言及がありました。


源平合戦から、800年の時を経て、なんと平家と源氏が和睦(わぼく)した、という儀式、イベントがあったそうです。
和議の書とあり、平家、源氏の代表者の方々の署名があります。



平家落人伝説
園内の解説によりますと、平清盛さんの孫、平忠房さんの御子息が落ち延びた、とのことです。
伝説の真偽については、もはや検証のしようもありません。
しかし、権力闘争に破れた平家さんがすべて、歴史から抹消された訳ではない、ということに、私は救われた思いがするのであります。
平家の里、とても愉快でした。


本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長こと、奈須野でした。
その3

本ツーリング 全ての記事





コメント