皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
里に降りる
大塔宮 護良親王さんの銅像を過ぎて、さらに北に進みます。
紀伊半島の奥地、頂上部分を越えて、一気に下り坂が続きます。
これは、奈良県の平野部が近い、ということであります。



トンネルが続きます。
しかし、これで最後という感じの、長すぎるトンネルはありません。


にゅうがわ!!
個性的で、可愛らしい名前の川です。

明らかに紀伊半島の山々を通り抜け、里に降りてきました。

賀名生
これは!?
私はのけぞりました。
賀名生郵便局!!
賀名生(あのう)です!!

賀名生とは、14世紀、足利尊氏さんとの争いに押された後醍醐天皇が5日間ほど、とどまった場所であり、後醍醐天皇亡きあとは、遺臣立ち、南朝の天皇3代が根拠地とした場所です。
南朝の取りまとめ役、実質的な政治指導者は北畠親房(きたばたけ ちかふさ)という公卿でした。
政治手腕、外交手腕に優れるだけでなく、公家のご出身ながら大軍を率いて各地を平定、勝利したこともあるという、統率力もある傑物です。
南朝が足利幕府の猛烈な攻撃、圧力を受けながらも60年近く存続できたのは、この北畠親房さんの存在があってこそ、とも思われます。
あるいは、北畠親房さんがいらっしゃらなければ、日本の歴史はもっと素直、南北朝の騒乱はすぐに終わったのではないか。。。と夢想されます。
また、神皇正統記という、単なる歴史書を越えた、政治思想、帝王学についても言及している名著を著しておられます。
北畠親房さんはご存命のときだけでなく、後の日本の歴史に多大な影響を与えた、とんでもない人物なのであります。
賀名生には、この北畠親房さんのお墓がある、とのことで、是非とも立ち寄ってみたかったのです。
1991年の大河ドラマ 太平記で近藤正臣さんが演じる、北畠親房公が素晴らしい大活躍、印象深く、権利の都合上、画面やお写真をお見せできないのが残念でありますが、深い感銘を受けた番組なのであります。
賀名生の里歴史民俗資料館
賀名生にあった、旧御所の近くに資料館が出来ていました。
拝見します。





後醍醐天皇愛用の笛
なんと中には!!
後醍醐天皇が愛用したといわれる笛「一節切尺八」です!!
ほっ
本物!?
本当に!?と思ってしまいました。
800年近く前の文物がここまで綺麗に残っているものなのか。。。とも思いつつ、賀名生というど田舎(凄まじく失礼)にこれほど見事な笛が残っていること自体、本物である証とも思われます。
穴があくほど拝見します。
なお、館内は一切の写真撮影禁止で、賀名生がある奈良県五條市のFacebook画像を転載致します。

画像引用 五條市 https://www.facebook.com/gojokoho
後醍醐天皇から下賜されたと伝わる日の丸の旗ですとか、この資料館は凄まじいレベルのお宝を公開しておられます。
ここまで歴史のリアルといいますか、本物が凝縮されている場所も珍しい。
歴史マニアであれば必見、訪れる価値のある場所です。
賀名生の里歴史民俗資料館にしつこいくらい、長時間滞在しまして、ひとまず満足しました。
隣を見ますと、これも凄まじいお宝!!
北畠親房さんのお墓です!!
賀名生の里歴史民俗資料館の裏手の丘にあります。
少し山歩きとなりますが、向かいます。


途中、廃校となった高校の敷地がありました。

さらに進みます。


見えてきました。
この石碑には、三帝と書いてありますが、後醍醐天皇亡きあとの、
後村上天皇 在位 1339年8月15日-1368年3月11日
長慶天皇 在位 1368年3月11日-1383年10月
後亀山天皇 在位1383年10月-1392年閏10月5日
の三人の天皇さんたちのことを指します。

北畠親房公のお墓
これがっ!!
北畠親房公のお墓!!
感動で泣きそうです。
武田信玄公のお墓並に、個人的には胸打つものがあります。

感動に打ち震えながら、賀名生(あのう)をあとにしました。
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