皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
関宿城博物館
関宿城に到着しました。
以前から訪れたいと思っていたお城(跡)なのです。
往年の関宿城は広大な城であったようです。
この模型で見る限り、要塞といった趣の強い場所で、周囲に村落は発達していなかった。。。ように見受けられます。

まず、博物館の概略を説明した動画を拝見します。
座ることができるので、ありがたいです。
かつて(そして現在も)、利根川は関東平野の暴れ川で、洪水と治水の歴史が解説されておりました。


利根川東遷事業
利根川は東京湾に流れ込む大河でありましたが、江戸時代の改修によって、なんと!!
千葉県銚子から太平洋に流れ出るように、付け替えられました。
国土そのものを改造するという、とんでもない大事業であります。


利根川の工事に動員された江戸時代の大名たちの一覧です。
露骨に西国大名が割り当てられておりまして、嫌がらせ!?と思われました。


SNK NEOGEO
館内に不思議なゲームが展示されていたため、遊んでみます。
SNK NEOGEOという、1990年代に流行したゲーム会社のコンソールが置かれていたため、おや!?と思って足止めしたのであります。
良くも悪くも、この博物館は30年間、時が止まっているようです。




愉快にプレイさせて頂きました。
私には、SNKのロゴに、サムライスピリッツのナコルルという人物が思い出されて、なんとも懐かしい気分になったのであります。
(1990年代のゲームを懐古する記述で分かりにくく、申し訳ございません。)
関宿は利根川、江戸川の合流点で、水運の一大拠点でした。
陸路よりも、船便であれば、重たい商品、大型の商品を低コストに運ぶことができます。
お醤油もその、重たい商品の一つであります。


最新鋭の展望台
展望台に到着しました。
通常の天守閣は、近世、中世のものであれば当然ながら、精緻に復元した天守閣もガラス戸などはありません。
びゅうびゅうと強風が舞い込む、夏は暑く、冬は寒い、しかもたいていは狭い、という天守閣は観光スポットとして劣悪なものです。
しかし、この関宿城博物館は、ガラス戸で防御、空調も効いており、現代的に割り切った展望台となっております。
正直申して、歴史マニアでもなければ、この天守閣構造のほうが快適でありますね。



なんと、望遠モニタが、paypay、Suicaのみならず、Alipay(アリペイ)、WeChat Pay(ウィーチャットペイ)にも対応しています。
これだけ対応していれば、国内のみならず、東アジアのお客様にも万全の布陣であります。
ここだけは(凄まじく失礼)、最新の文物にアップデートされているようです。
なにゆえ!?


企画展を毎年、精力的に催しておられるようです。


戦国時代の関宿城周辺のようすです。

お宝 古河公方 足利義氏さん書状
ぬおおおおおおお!!
これは凄まじいお宝!!
北条氏照(北条氏康さんの三男)さんの書状、しかも本物です!!

最後(と評価して良いと思われます)の古河公方(こがくぼう)、足利義氏さんの書状、これまた本物です!!
これはとんでもないお宝!!
足利義氏さんは、室町幕府から関東一円の支配権を任された鎌倉府(の承継組織)の長です。
しかし、戦国末期の動乱で急速に勢力を拡大させた後北条家に屈服することになります。
その後、後北条家の傀儡として古河公方の職にありました。
1582年、信長さんが本能寺で討たれた半年後に足利義氏さんも病没します。
信長さんの死で関東は小康状態を保ちますが、さらに、後北条家が秀吉さんによって滅ぼされます。
残された足利家の家臣団たちは、秀吉さんのはからいによって、喜連川(きれつがわ)家を興し、江戸時代、明治時代を生き残り、現在でも足利家のご子孫(現当主 足利浩平氏)がおられるのであります。

江戸時代の水運で使われていたお船です。

関宿城博物館手前にある、お土産屋さんに立ち寄りました。
素敵なお土産を多数、売っておられました。
前述しましたように、物流の拠点として、お醤油の産地、集積地であったという歴史的経緯でしょうか、おせんべいのお土産が目立ちます。


ありがたいことに、無料の休憩所がありました。
少し、休憩させていただきます。


その3 完結

本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。


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