皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事は

の続きです。
朝食
2025年12月7日。
自宅に戻り、なんだか一ヶ月ぶりに、本当にぐっすりと眠りました。
朝ごはんにします。
冷蔵庫内の食材がほとんど無かったため、適度に適当にご用意します。

下今市駅
A様が東京方面にお戻りになる、とのことで、下今市駅までお見送りに行きます。
下今市駅からは、日光連山が綺麗に見えます。

現役の蒸気機関車
ただ、東京にお返しする、というのでは芸がなさすぎるというものです。
東京へは反対方向ですが、鬼怒川に立ち寄ることにします。
東武線では、一部区間に、蒸気機関車が現役で就航しているのです。

蒸気機関車 SL大樹の中で、愉快な時間を過ごします。
波長の合うお友達というのは、貴重な存在でございますね。


SL大樹は、単なる移動手段ではなく、乗務員の方が最大限、乗客さんを楽しませようとあれこれ工夫してくださいます。
これほど熱意のある列車、区間というのは全国レベルで見ても数少ないと思われます。
東武鉄道さんを絶賛致します。
愉快な場所、他と違う個性的な場所に住みたい、これが2025年3月から、東武鉄道沿線の日光に移住した大きな要素の一つなのです。

2025年12月7日 SL大樹 乗車記念

鬼怒川温泉
鬼怒川温泉駅に到着しました。

SLとともにお写真を撮ります。
いやあ、愉快愉快。

転車台 豪快な汽笛
鬼怒川温泉駅前には、転車台という、蒸気機関車が回転する施設があります。
駅の周辺に十分な空間があれば、ぐるっと機関車を回転させることができるのですが、それがない場合には、このような回転台を使って、機関車の向きを変えます。
そもそも、なんで回転させるかといいますと、蒸気機関車の場合、逆走(逆機とも)時に急制動をすると、機関部分の車両がとんでもなく重いため、逆走時に機関車の前に位置する燃料や水を積んだ貨車に圧力がかかり、貨車が横転する危険があるからなのです。
ゆえに、蒸気機関車では逆走が制限されます。
転車台で蒸気機関車がくるっと回る場面を拝見することが可能です。
これは素晴らしいショー!?、見せ場だと思われます。
以下の動画は、豪快な汽笛が鳴るため、音量にご注意ください。
足湯に入ります。
様々な要因が重なり、鬼怒川温泉駅周辺も、少し観光客さんの数が減ったようです。
この数年、ぎゅうぎゅう詰めであった足湯に、初めて入ることができました。

喫茶店で休憩します。
珈香和さんです。


下今市駅に戻ります。
日光のお山がとても美しいです。

下今市駅には、SL博物館がありまして、無料で拝見することができます。

A様を東京方面にお見送りして、ラッコ店長退院プロジェクト、だるま作戦の全てを完了致しました。

愉快、痛快な人生
実は、複数の肉親、お友だち、医師の方から病人なのだから、一刻も早く帰宅せよ、というご指摘を受けております。
しかし、私の場合、そもそも刑事事件の手伝いをするため、大分市内に複数日はとどまる必要がありました。
また、座席に超長時間座り続けると、猛烈に背中が痛くなりまして、寝台のあるフェリーを使いたかったのです。
私は病院内で一ヶ月近く、一歩も外にでず、外気もお日様も見ること無く過ごしてきました。
複数のスタッフさん、医師の方から、精神的に大丈夫ですか!?などとお気遣いを頂きました。
入院中はそれほど苦痛ではなかったのでありますが、いざ退院となりますと、今までの抑制が一挙に外れ、移動したい欲求、見聞を広げたい欲求が、奔流のように吹き出してしまうものであります。
また、私が入院していたのは、大分県で、大分県には戦国武将である黒田官兵衛さんが居城としていた中津という地域があります。
黒田官兵衛さんが戦傷を癒やすため、有馬温泉を訪れた。。。という伝説がありまして、私も復活のため、是非にも有馬温泉を訪れたいと、実は入院初期のころから考えておりました。
さらに、人生は愉快、痛快なものであるべきと考え、このようなコースを辿った次第であります。
お許しください。
長文のお礼
私のことを気遣ってくださった全ての方々に深く感謝申し上げます。
また、大分大学医学部付属病院の方々には、大変にお世話になりました。
私が記憶している限りで記述致しますが、お名前がすぐには分からない方も多々いらっしゃいます。
大分大学医学部付属病院救命救急センター
助手のH様
車椅子での移動やお食事の手配など、大変にお世話になりました。
歴史的建造物がお好きと分かり、楽しいお話をさせて頂きました。
関東にお越しの際は、ご案内役を務めさせていただきます。
看護師のY様
新採用、つまり一年目という方ながら、とても誠実、丁寧なお仕事ぶりに、感銘を受けました。
この人は将来、大成する、という予感がします。
ありがたいことでございました。
看護師のH様
新採用の方で、愉快なお話をさせて頂きました。お手洗いの行き来など、大変に助かりました。
人類は22日間、お風呂に入れなくても、生きていけるのです。
看護師のS様
同じく新採用の方で、種々、お世話になりました。
笑顔の印象的な方で、たくさんの患者さんが勇気づけられていることでしょう。
看護師のA様
新人さんらしい、フレッシュな印象を受ける方で、暗くなりがち(大変失礼)な病棟を明るくさせてくれる、素晴らしい方でした。
看護師のS様
なんと4人姉妹の方であると分かり、とても楽しくお話をさせて頂きました。
退院後に、半ば強引な形で救命救急センターにお邪魔した際にも最後のお礼を申し上げることができ、嬉しかったのであります。
看護師のG様
2025年11月13日に、二本目のドレイン(空気と体液の排出チューブ)を入れた後、ものすごく体中が痛くなり、一睡もできなかったところ、G様のご助言でとても楽になりました。
治療の予想、方針の予想なども正確で、素晴らしいご経験、知見です。
ありがたいことなのでありました。
看護師のI様
いつも元気な方で、お声が救命救急センター中で聞こえて、ああ、I様がいらっしゃるのだな、と楽しくなりました。
ありがたいことでありました。
看護師のK様
レントゲン撮影のため、車椅子のお手配をしてくださったり、私生活でのお話をあれこれと致しました。
殺伐とした入院生活の中で、楽しい時間でありました。
ありがたいことなのです。
リハビリのA様
私が大分大学医学部付属に入院する直前に、弱虫ペダルという作品をご覧になったそうで、スポーツバイクについてあれこれとお話することができました。
入院中、もっとも楽しい時間がこのリハビリの時間であったのです。
写真、動画撮影を禁じられている救命救急センターで、リハビリステーションは撮影ができるものですから、貴重な記録となっています。

医師の方々はwebサイトでお名前を公表しておられるため、本ブログでもお名前を記述致します。
医師の梶原様
救急車の中での緊急手術やそれ以後のご相談にも、ありがたいことでありました。
梶原様には、文字通り命を救われました。
深く感謝申し上げます。
また、栃木県、自治医科大学ご出身ということもあり、私の住んでおります栃木県と同郷ということで、親しく!?お話させて頂きました。
医師の福田様
女性の方で、知的な目がくりくりとしておられ、とても印象的でした。
お医者さんとしてだけでなく、単なる雑談、お仕事上のお話などをインタビューしてみたい、と思わせる方でした。
素人から見ますと、福田様のご意見、指摘がもっとも鋭い、正鵠を射ているようにも思われました。
種々の処置、お話などに大変お世話になりました。
医師の大久保様
病状のご説明、要所要所での施術など、大変にお世話になりました。
私の方が髭面で威圧的な雰囲気を出していたのか、いつも恐縮そうにご説明くださるのが、大変に申し訳ないことなのでございました。
医師の松本様
ドレイン施術でお世話になりました。
施術中、軽妙な(大変失礼)お話で、大変に気分が楽になりました。
感謝申し上げます。
医師の黒澤様
ざっくばらんな(大変失礼)ご性格で、温泉大丈夫!!など、退院時な詳細にご説明頂きまして、ありがたいことでございました。
黒澤様ご自身からご説明いただいたのですが、私がドクターヘリで搬送されるとき、正面に座っておられたのが黒澤様でした。
当時は妙に力づけてくれる女性だな。。。とぼんやりする意識の中で思っておりました(凄まじく失礼)。
歴戦の勇士という雰囲気のする方で、極めて頼りがいのある方でした。
感謝申し上げます。
2025年12月1日 救命救急センター 受付の男性(お名前がわからず。。。大変失礼)
退院しているにもかかわらず、お礼を申し上げたいから救命救急センターに入れてくれ、という無茶苦茶なご要望を叶えてくださりまして、深く感謝申し上げます。
一般病棟 看護師のK様
新採用の方で、一年目でらっしゃるはずなのに、それを感じさせない落ち着き、仕事ぶりが印象的でした。
私が大分大学医学部付属で採血をした際の、最後の看護師さんでした。
実はお顔は記憶しているものの、お名前が分からない、メモできなかったという方がたくさんいらっしゃいます。
上記列挙したのは、私がメモをして記録できた方々だけで、全てのスタッフさん、皆様に感謝申し上げます。
皆様のこれからのご活躍、ご発展を心よりお祈り申し上げます。
国東(くにさき)警察署の方々
捜査、取り調べなど、大変にお世話になりました。
車体を長くお預かり頂きまして、恐縮でございました。
お見舞いをくださったL様、Y様、N様
お気遣い、ありがたいことなのでございました。
事故現場で救助くださった3名の女性
大変にありがたく、お礼を申し上げたいと国東(くにさき)警察署の方にご連絡しましたものの、私が無事に退院したのであれば、それ以上の謝礼は無用とのことで、3人の方々のご連絡先を伺うことはできませんでした。
救急車への連絡があと少し遅れていたら、私の肺に開いた穴から空気が体内にたまり、右肺、左肺を潰し、ついには心停止に至っておりました。
皆様のおかげで命が救われました。
事故当日は、皆様、ご出勤の途中であったようで、おそらくは現場検証、目撃者の供述録取書作成などで多大なお時間がかかったと思われます。
皆様のご尽力で事件解決、被疑者の緊急逮捕につながり、心より感謝申し上げます。
同室であったA様
救命救急センターと一般病棟の入院でほぼ同期、退院(転院)もほぼ同期という、不思議なご縁となりました。
いつも楽しいお話、有難いことでございました。
ホタテ貝助手、A様
通常の業務があるにもかかわらず、テレワークで一ヶ月にわたり大分に滞在し、国東(くにさき)警察署、保険会社、大分大学医学部付属病院、各方面との交渉、手続き、用品の手配など、八面六臂(はちめんろっぴ)、獅子奮迅の働きをしてくれたホタテ貝助手、関東からロードバイクで1000kmを走破して大分県までお見舞いに来てくださり、さらにはラッコ店長退院プロジェクトにご尽力くださった漢のなかの漢、A様に心より感謝申し上げます。
本シリーズの実況中継は完結し、以後は詳細な入院記録に移ります。
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本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。


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