皆様、こんにちは!!
ラッコ店長です。
本記事には、衝撃的、痛ましい交通事故が記されています。
苦手な方はお読みにならないでください。
本記事は

の続きです。
救急車内
救急隊の方のご助力で担架に乗ることができました。
事件現場を離れるに際して、貴重品はありませんかと尋ねられたため、フロントバッグを取り外してください、とお伝えしました。
しかし、このフロントバッグ、リクセンカウルのアタッチメントで、初めての方には外しにくいものです。
赤いボタンを押し込んで、バッグを引き上げると取り外せます、と激痛に悶えながらご説明し、フロントバッグだけ救急車内に運んで頂きました。
人生で初めて救急車に乗りました。
興味深く、あれこれと拝見します。
しかし、重厚なコルセットで首がまったく動かず、体も激痛で動かすことができません。
目だけ、あちこち動かします。
まだ松ヶ尾トンネルの中にいたため、隊員さんが、一旦トンネル外に出ますとおっしゃり、トンネル外の道路脇に停車しました。
保険証兼マイナンバーカード
救急隊の方が、生年月日、お名前などを聞いてきました。
私は既に自力でバッグ内を捜索することが不可能な状態でした。
激痛で手が動かないのです。
そして、保険証はありますか、とお尋ねになり、バッグの・・・・とご説明しました。
中を全部開けていいですとお伝えし、保険証兼マイナンバーカードを発見してくださり、ピッとなにかの端末でお読みになりました。
すごい時代になったものだ、と感心しました。
マイナンバーカードに保険証を統合しておいて良かった、と思いました。
アレルギーはありますか、今、服用しているお薬はありますか、今まで病気にかかったことはありますか、などといったご質問を受けました。
連絡先 指紋認証
ご家族か連絡する方の電話番号を教えて下さい、と尋ねられました。
しかし、現代人は親しい人であっても、電話番号なぞ記憶していないものです。
私も暗記はしておらず、電話に入っているので。。。と申し上げ、指紋認証なので、私の手の近くに。。。と申し上げ、携帯電話をぶっ倒れている私の手の近くに持ってきて頂き、指紋認証で携帯電話を解錠しました。
そして、この後が実にしんどかったのですが、連絡帳を検索し、ホタテ貝助手の電話番号を伝えました。
そうこうしている間に、私の体を複数の方がまさぐり、肋骨が折れていますね、気胸が生じています、といったことを言っていました。
救急隊の人々に背中を触られるたびに、ゴリッゴリッと明らかに右肺裏の肋骨が、ウケるくらいの段差でズレているのが分かります。
そして、当然ながら凄まじい激痛が襲います。
衣類を切ってもいいですかと尋ねられ、私はいえ、自分で脱ぎます、となんとかmont-bellのレインウェアだけは脱ぐことができました。
今、着ている衣類は全国を巡ってきた戦友ともいうべき存在で、これが裁断されるなぞ、耐えられなかったのです。
採血 インフルエンザA型 コロナウィルス
採血をされて、インフルエンザにかかっていることが判明しました。
インフルエンザA型です、と告られ、どうします、どうしますと、車内が急にざわめき始めました。
広範囲の外傷にインフルエンザが加わると、極めて危険な状態に陥るかもしれないからです。
また、隊員の方たちへの伝染というおそれがあります。
立て続けにコロナウィルスの検知をされました。
鼻の中に長い綿棒のようなものを入れられ、ぐりぐりされて、検査されました。
結果、コロナウィルスの反応はありませんでした。
血中酸素濃度低下
救急車内に運び込まれて10分ほど経過して、呼吸がどんどん苦しくなってきました。
このようなこと、人生でも初めてです。
右肺が動かないのです。
血中酸素濃度が下がっています、と指摘され、酸素マスクを装着されました。
左の壁を見ると、私の心拍数、血中酸素濃度などが表示されているようです。
しかし、その画面にもたれかかっていたため、自分自身では数字を読むことができませんでした。
そのマスクから高濃度の酸素が供給され、右肺の苦しさ、激痛はまだするものの、呼吸が少し楽になりました。
しかし、激痛が続き、私は右脇を上に向けたまま、横たわっていました。
このあと、どうするのだろう、とナゾに思っていました。
実はこの時間が生死の分岐点だったのです。
ドクター到着 緊急手術
私はまったく気が付きませんでしたが、肺が破れ体内に空気が漏れているということで、救急隊の人々が医師を呼んでいたようでした。
急に救急車の後部ハッチが開き、携帯電話くらいの大きさのIDカードを眼前に突きつけられて、
◯◯の◯◯です。
◯◯します。
と矢継ぎ早に説明されました。
まず、激痛とIDカードのご提示があまりにも短時間であったため、お名前の文字を理解することができませんでした。
IDカードに男性の写真が載っていたのは理解できました。
そして、何をするのかも理解できませんでした。
後に判明致しましたが、この方が大分大学医学部付属病院 高度救命救急センター 医師の梶原大輝様だったのです。
事件当日は飛行服のようなものを着用しておられ、どういう人なのだろう、とナゾに思っていました。

画像引用 大分大学医学部附属病院 高度救命救急センター 医師の梶原大輝様
切り裂かれるウェア
後に判明しましたが、おそらく高度救命救急センター所属 看護師のI様が、問答無用で私の衣類を切り裂いていきました。
足首からハサミのようなものを入れて、ズズズっと腰まで上げて切り裂きます。
両足とも切り裂いて下半身を脱がされました。
靴下だけは切り裂かれず、脱がされました。
この靴下が一番安いのに、あーあと考えていました。
上に着ていたウェア類も手からハサミのようなものを入れられ、切り裂かれて体の上側部分を剥がされ、体の下にあるウェアは引き抜かれました。
思い出のウェアだったのに。。。このような最後になるとは思わなかったと考えていました。
全裸に毛布をすこしあてがわれているような状態でした。
麻酔をします、切開をします、と手短に説明され、何本か注射され、さらに小型のナイフのようなもので、右胸がザクザク切られているのが分かります。
骨折の痛みが極めて激しいため、注射や切開は、それほど痛いとは思いませんでした。
肺に空気が溜まっているので、吸い出しますと説明されて、何か注射器のようなものをあてがわれました。
そして、潰れている肺が強引に外に向けてふくらむ、まるで紙風船に息を吹き込んだような広がり方を体内で感じました。
この時の激痛は、今までの人生で最大のもので、あまりの痛みに、ぐはあああああ!!! と救急車内で絶叫しました。
隊員の方が、私(隊員の方)の腕を握りしめて構いません、頑張って!!とお声がけくださいました。
そして、これで終わりかと思いましたが、まだ裏側に空気が残っています、もう一度いきま・・・す、と言い終わる前に、ずばーーーん!!と空気を引き抜かれ、再び紙風船が体内で広がるような奇妙な感覚と激痛に絶叫しました。
こっ
これが肉体を内部から破壊するという北斗神拳というものか。。。(わかりにくい例えで申し訳ございません)
と悶えながら考えていたのを覚えています。
その後、救急車内で、体内の空気を排出するための管(ドレイン)を設置していたはずなのですが、あまりの激痛で悶えていたため、いつ体内に管が挿入されたのか、まったくわかりませんでした。
縫合しますと、ザクザク縫われているのが分かりました。
体内から空気を排出しましたところ、急に体が楽になり、呼吸も安定してきました。
実はこの時点が、私の人生最大の危機、死ぬ直前だったのです。
もし、ドクターの到着と施術が遅れていたら、私の右肺から漏れた空気が体内にたまり、右肺を潰して、さらには左肺を潰し、呼吸ができなくなり、ついには心臓も潰して心停止に至っていました。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。
その11

本シリーズの記事 随時追加


















コメント