ラッコ店長です。
本記事には、衝撃的、痛ましい交通事故の内容が記されています。
苦手な方はお読みにならないでください。
本記事は

の続きです。
激痛の移動式レントゲン撮影機
CTスキャン終了後、今度はレントゲン撮影をすることになりました。
通常、レントゲン撮影とは、患者さんが撮影機の前に立って、X線を照射して撮影すると思われます。
しかし、私の場合、立ち上がることなどできません。
そのような患者には、移動式のレントゲン撮影機、というものが存在するのです。

画像引用 島津製作所
この移動式レントゲン機械を患者さんの脇にもってきて、さらに、撮影をクリアにするためなのか、X線を反射させるためなのか、鉄板を背中に入れて撮影します。
この鉄板を入れる作業が激痛なのです。
そもそも、わずかに体が動いただけで痛いのに、背中を持ち上げて、しかも厚みのある鉄板をいれるなど、とんでもない激痛でした。

画像引用 山梨厚生病院
レントゲンを撮影して、30秒は痛みのあまり、身動きができない状態でした。
寝台ごと運ばれて、(後に分かりましたが)救命救急センターに移動しました。
救命救急センター 個室
撮影をした画像などの診断結果が出るまで、私は救命救急センターの個室に収容されました。
今(2025年12月25日)、思い返してみますと、私はインフルエンザA型も保有していたため、救命救急センター内で感染が広がると大変であることから、個室をあてがわれたものと思われます。
そして、退院間近になった頃には理解できましたものの、私が収容された個室は、救命救急センターの入口そば、入って右手二番目の個室でした。

救命救急センター 概念図
この個室が修羅場でございました。
重症患者さんの多い救命救急センターの中でもさらに、重症度の高い方が運ばれる区域で、24時間びしゃああああああ!!と明るいまま、医療機器の電子音は常時なりっぱなし、医師や看護師さんもひっきりなしに移動している、話し声も聞こえるのでした。
実は上半身を横たえること自体が激痛でありますが、そうしないと治療もできない、ということなのでしょう。
なんとか横たわりました。
もちろん、この時点では、私がどこの病院の、何階に運ばれているのか、ということは全くの不明、分からないことなのでした。
点滴

画像引用 外科医の視点 https://keiyouwhite.com/infusion
起き上がることもできないため、食事ができないと判断されたのでしょう、人生で初めて点滴というものを設置しました。
右手に設置しました。
視線をあまり上下できないため、よく分かりませんでしたが、右に塔のようなものを立てて、そこにいくつかのバッグが設置されておりました。
点滴を設置すると、あまり自由に腕が動きません。
今(2025年12月26日)、振り返りますと、右半身は激痛で動きようがないので、右に常設の点滴を設置するのは、至当な判断と考えます。
これがとんでもなく痛いといいますか、針を刺す時もまあ。。。痛いのではありますが、問題は刺した後です。
私が救命救急センターの個室に収用されたのは午前10時-11時くらいだったのでしょうか。
点滴のタイミング、必要量を短時間に投入しなければならないようで、それが痛いのです。
つまり、血管に通すことのできる限界まで通されているようで、血管が内部から破裂するのではないか!?というくらい、今までの人生で体験したことのない若干の恐怖と痛みがありました。
私がこのように考えているのも妄言とも言い切れず、以後、一ヶ月近い入院生活を続けていく中で、無意識的に点滴を外してしまおうとする患者さんが何人もおられました。
やはり、普通に痛いし、苦痛なのでしょう。
看護師さんたちが、必死に、これは大切な管だから、外しちゃ駄目、と毎日、どこかでこのような会話が聞こえてくるのでした。
幸いなことに、私は意識と判断力が残っていたので、理性で恐怖心を押し込めることができました。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、ラッコ店長でした。
その16

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